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【書評】伊藤之雄『元老西園寺公望―古希からの挑戦』文春新書

 「西園寺公望」の評伝を読むのは2冊目だが、本書の特徴として彼の「女性関係」と「特徴ある政治スタイル」を扱っている点が興味深いと思った。
 本書によれば、「西園寺公望」は正式な妻を持たず、使用人の女性3人を実質的な妻とし、子をなしていたという。
 最初の妻は1887年(明治20年)に最初の子どもを産んでいるから西園寺20代後半ごろ、二人目は日露戦争の頃に子をなしているという50代のころ、三人目は70歳前後に娘よりも若い20代の女性をパリ講和会議の全権を務めた時に同行していたとは。当時としては違和感はないのかもしれないが、現在から見ると目に余る行いに見える。「西園寺公望」という人物のキャラがよくわかる記載であると思えた。
 もうひとつは「特徴ある政治スタイル」である。
 20代に「あこがれのパリ」に留学した西園寺が「世界の大勢」という言葉を口癖とするような「英米派・国際派」の政治家であったことはよく知られているが、それと同時に、中国大陸への帝国主義的侵略に雪崩を打つ昭和の激動期に、国内政治への政治的影響力を維持するために意に沿わぬ大勢に迎合するような姿勢を示しつつ、情勢をコントロールしようとしたことである。
 この彼の「政治スタイル」は、「老獪」と評すべきか、「自己保身」と評すべきか。
 政治は結果責任であるから、やはり西園寺は政治家としては「失敗した政治家」なのだろう。
 もっとも、なかなか正体を現さない政治スタイルを貫いたからこそ1940年(昭和15年)に90歳で死ぬまでそれなりの影響力を保持できたのであるのだろうが。
 それにしても、昭和戦前期の政治の仕組みはわかりにくい。いまはない「元老」や「内大臣」などが当時どのような政治システムであったのかが実感としてわかりにくいし、主要な政治的影響力をもつ「勢力」として「軍部」があったことはよく知られているが、今と違って「宮中」という勢力もあったこともわかりにくい。
 また「政党」の位置と機能や影響力も、現在とはかけ離れたものであったようであることは、できればもう少しわかり易くまとめて欲しいとも感じた。
 しかし、本書は「西園寺公望」の生涯を通して、大正や昭和戦前期の日本をよく知ることができる良書であると思った。



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