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【書評】ヴィクトール.E・フランクル『生きがい喪失の悩み』講談社学術文庫

「意味を失った人生についての苦悩」(原題)といかに向き合うか。本書は強制収容所を経験した著者の提唱するロゴセラピーの格好の入門書。哲学的人間学の具体的展開であり、読み手が自己理解を深めるうえで示唆に富む一冊。

「今日の人間は、自分のもっている価値が誰か他の人間の価値よりも劣っているという感情に悩むよりも、むしろ、自分の存在が何の意味を負っていないという感情に悩んでいます」。フランクルはこれを「実存的真空」と呼び二つに分類する。

この実存的真空は、突如家族の命が奪われた喪失感のような「急性」の実存的真空(絶望型)と、急性より、より一般的かつ「慢性」の実存的真空(退屈型)のふたつがそれ。後者の悩みがあるわけではないのにどこか虚しい焦燥感は誰しも経験するものだ。

人は生きる意味を求めてもそれを得られず、内的空虚に苦しみ続ける。しかしそれは精神病の治療対象と措定されるものではなく、人間にとって大きな意味をもつ経験として理解すべきとフランクルは言う。人間的なものを例えば弱さやコンプレックスに還元してはいけない。

現代人は幸福を自己実現と錯覚するが、自己実現は人間の究極目的ではない。「意味への意志」こそ、最も根源的で原初的な人間精神の働きである。事件としての運命は変更不可能だが、それに対する態度、意味付けそのものは変更可能だ。

この言葉と意味をめぐるフランクルのロゴセラピーは、究極のリフレーミングといってよい。現代世界を席巻するポジティヴシンキングとは一線を画す「絶望の中に希望の光を見出す」リフレーミングであり、ここにフランクルのらしさがある。

少し蛇足。冒頭でポジティヴの権化・マズローを徹底的に批判している。人間は欲求の条件が揃わなくても、意味を求め希望することを収容所体験から喝破。もう一つは無意味な「暇と退屈」のなかで意味をどう求めるか。國分功一郎さんの『暇と退屈の倫理学』と交差の必要あり。

もうひとつは、自分が「これしかない」と独断する意味の変更の促しを模索するフランクルのロゴセラピーに、 ボリス・シリュルニク『憎むのでもなく、許すのでもなく』(吉田書店)の「レジリエンス」を想起。シリュリニクの『心のレジリエンス―物語としての告白』を吉田書店さん邦訳、対比したい。



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